一生に一度の伊勢へ――江戸の庶民が"あこがれ"に払った代償
今年の1月、ひとつの小さなニュースが目に留まった。
奈良県生駒市が、一本の竹の柄杓を市の文化財に指定したという。
高さはわずか6センチあまり。
外側には墨で「大神宮」「おかげ参り」、そして「和州俵口村文七」と書かれているそうだ。
文政13年(1830)。
俵口村の文七という人が、伊勢へ向かう道中で手にしていた柄杓である。
なぜ、柄杓なのか。
調べていくうちに、江戸の庶民にとって伊勢参りがどれほど遠く、どれほど大変で――
それでも、どれほど焦がれた旅だったのかが見えてきた。
「せめて一生に一度でも」
「伊勢へ行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも」
伊勢音頭にそう唄われたように、お伊勢参りは江戸の人々のあこがれだった。
世の中が落ち着き、五街道が整い、宿場町がにぎわうようになった江戸時代。
庶民もようやく「旅」というものを手にした。
とはいえ、江戸から伊勢までは歩いて片道およそ15日。
往復すればひと月がかりの大旅行である。
旅費については諸説あるが、今の感覚に直せば数十万円規模だったとも言われる。
日々の暮らしで精一杯の庶民に、ひとりでポンと出せる金額ではなかった。
村じゅうで貯めた、ひとりぶんの旅
そこで生まれたのが「伊勢講(いせこう)」という仕組みだ。
村の仲間が講をつくり、少しずつお金を出し合って旅費を積み立てる。
そして、くじで選ばれた者が村の代表として伊勢へ向かう。
当たらなかった人は、また次の年に。
順番が回ってくるまで、何年も積み立てを続けることになる。
凶作の年も、暮らしが苦しい年も。
途中で抜ければ、それまでのお金も、村での立場も失いかねない。
伊勢講の積立金を管理していた者が使い込んだり、持ち逃げしたり――
そんなトラブルもあったと伝えられている。
「今年こそは」と願いながら、くじの日を待つ。
その日を迎えられないまま、年老いていった人もいたのではないだろうか。
当たってからが、また大変
ようやくくじに当たった代表者にも、気楽な旅が待っていたわけではない。
背負っていたのは、村じゅうの期待だった。
講の仲間全員のぶんのお札を受けてくること。
留守中に餞別をくれた人たちへ、土産を買って帰ること。
道中では、伊勢神宮の御師(おし)への初穂料や、案内の礼も必要になる。
御師は各地を回って伊勢暦やお札を配り、講を組織し、宿の世話までしてくれた、いわば江戸の旅行代理店のような存在だ。
講から出る旅費は、あくまで旅そのものの費用。
土産やお礼まで含めると、とても足りない。
せっかく当たったのに、借金をして伊勢へ向かう――
そんな、笑うに笑えない話も残っているという。
何も持たずに、家を出た人たち
一方で、講に入ることすらできない人々もいた。
奉公人、小作人、女性や子どもたち。
彼らにとって伊勢は、本来なら一生届かない場所だった。
ところが、江戸時代にはおよそ60年ごとに、不思議な熱狂が起きている。
慶安3年(1650)、宝永2年(1705)、明和8年(1771)、そして文政13年(1830)。
「おかげ参り」と呼ばれる、伊勢への大群参である。
文政13年には、およそ430万人が伊勢を目指したとも言われる。
奉公人は主人に、子は親に、妻は夫に断りもなく。
路銀も持たずに、ふらりと家を出る。
「抜け参り」である。
それでも旅が続けられたのは、街道沿いの人々が宿や食事、ときには銭まで無償でふるまったからだ。
これを「施行(せぎょう)」という。
そして――ここで、あの柄杓が出てくる。
参宮の旅人は柄杓を差し出すことで、施しを受けることができたのだという。
文七の柄杓は、ただの道具ではなかった。
無一文の旅を支える、いわば命綱だったのだ。
犬も、伊勢へ行った
さらに驚くのは、人だけではなかったことだ。
病気などで自分は行けない。
それでも、せめてお札だけでも――。
そんな人々は、首に道中の銭と、伊勢参りをする旨を書いた札をくくりつけて、犬を送り出した。
「おかげ犬」と呼ばれる犬たちである。
犬は道ゆく旅人たちに連れられ、施しを受けながら伊勢へたどり着き、お札を首に下げて戻ってきたと伝えられている。
文政13年のおかげ参りを記した『御蔭参宮文政神異記』には、阿波国徳島から伊勢参りをした「おさん」という小ぶりな犬のことが、挿絵入りで記されているそうだ。
話にはいくぶん脚色も混じっているのかもしれない。
けれど、犬の首の銭を盗まずに伊勢まで連れていく人々がいたと信じられていたこと自体が、当時の伊勢への思いの深さを物語っているように思う。
おわりに
何年も積み立てて、ようやく一人。
土産のために借金をして。
あるいは、柄杓一本を手に、何も持たずに。
それでも人々は、伊勢を目指した。
それほどまでに、「お伊勢さん」は特別な場所だったのだと思う。
いま私たちは、新幹線と近鉄を乗り継げば、東京から半日もかからずに伊勢へ行ける。
けれど、文七の小さな柄杓のことを知ってしまうと、
内宮の宇治橋を渡るときの気持ちが、少しだけ変わる気がする。
次に伊勢を訪れたら、おかげ横丁で、しめ縄を巻いた犬の姿を探してみようと思う。
あなたの町にも、伊勢講の名残や、おかげ参りの記録が、ひっそりと眠っているかもしれません。

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