900年ぶりの再会——大洗の神様たちのこと
茨城県大洗町。太平洋を望む磯の上に、一対の鳥居が立っている。 波に洗われながらも微動だにしないその鳥居を見ていると、ここがただの観光地ではないことを、なんとなく感じる。
父神、先にここへ来る
西暦856年。海の彼方から二柱の神が、この磯に降り立ったと伝わる。
大己貴命(おおなむちのみこと)——大国主命とも呼ばれる、国造りの大神。 そして少彦名命(すくなひこなのみこと)——ともに日本の国を作り上げた盟友。
二柱は岩の上から言葉を告げ、それを受けた人々がこの地に社を建てた。それが大洗磯前神社の始まりである。
大国主命といえば、古事記における国譲りの神話が有名だ。天津神の使者・武御雷神に迫られ、ついに国を譲ることを承諾した神。縁結びの神、医薬の神として今も広く慕われている。
この大洗の地で、大国主命は海を見ながら何を思っていたのだろう。
息子神、900年後に海を漂う
時は流れ、1772年(安永6年)。
漁師の清水平大夫が、海上を漂う奇妙な木片を見つけた。普通の流木とは明らかに異なるその木片を引き上げると、お告げがあった。
「これは諏訪明神の霊木である」
諏訪明神——すなわち建御名方命(たけみなかたのみこと)。信州・諏訪大社に祀られる、農業と狩猟の神。そして大国主命の息子神である。
内陸の諏訪の神の霊木が、なぜ海を漂っていたのか。誰にもわからない。しかし人々はその木片を丁重に祀り、大洗磯前神社の境内に**與利幾神社(よりきじんじゃ)**を建てた。
父神が降り立った磯のすぐそばに、息子神が流れ着いた。
856年から1772年まで——およそ900年の時を隔てて。
父と子、900年ぶりの再会
これはただの偶然だろうか。
ロマンとして語るならこうなる。
父・大国主命は900年間、大洗の海を眺めながら息子のことをどこかで気にかけていた。あの国譲りの日、自分がすんなり承諾したのに、息子の建御名方命だけが武御雷神に「待った!」と飛び出していった。力比べを挑んで、あっさり投げ飛ばされて、諏訪まで逃げていった、あの息子のことを。
そしてある日、霊木が波に揺られてこの磯へやってきた。
父は照れ隠しにこう言ったかもしれない。
「まったく……武御雷神相手に力比べを挑むとは、お前も無鉄砲なやつだ」
しかし本当は、ずっと会いたかったのだろう。
息子の建御名方命は、諏訪の山から海を見たことがあっただろうか。父が降り立ったという、この大洗の磯を。
「父上……また会えましたね」
目が赤くなっていたとしても、誰も責めまい。
その夜、二柱は肩を並べて大洗の海を眺めながら、新鮮な魚介に箸を伸ばし、一杯やったのではないかと思う。内陸の諏訪育ちの建御名方命には、海の幸がさぞ新鮮だったことだろう。
大国主命は言ったかもしれない。
「この辺の魚はうまいぞ。お前が来るのを、ずっと待っておった」
大洗へ行くなら、ぜひ寄ってほしい場所
大洗磯前神社を訪れたら、ぜひ與利幾神社にも足を運んでほしい。茶釜稲荷神社の奥、少し奥まった場所に静かに鎮座している。観光客も少なく、ひっそりとしているが、そこから見える太平洋の眺めは美しい。
神磯の鳥居、大洗磯前神社の本殿、そして與利幾神社。
この三箇所をめぐるとき、900年越しの父と子の再会という物語を心に持っておくと、きっと感慨が違う。
これは妄想だ。史実でも神学でもない。
でも、ロマンを語るのも妄想するのも自由だと思う。
そしてせっかくなら、いい話にしたい。
大洗の磯に立って、波の音を聞きながら、そんなことをぼんやり考えてみるのも悪くない旅だと、私は思う。
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